我が家には可愛い可愛い

ポメラニアンの愛犬ポー君がいます。

 

 

ポーは今、4歳。

 

生後2ヶ月で我が家に来ました。

 

 

ポーを飼うことを決めたのは私で、

ペットショップで一目惚れをして、

 

「絶対この子がいい!」

 

と飼うことになりました。

 

 

可愛いは可愛い、

 

でも、やはり動物を飼うのは面倒な

ことも多いですよね。

 

 

正直。

 

 

ポーは可愛いは可愛いんだけど、

多少うざったいっていうか、

 

『自分の事に集中したいのに。』

 

みたいな時も多々ありで。

 

 

一方、

旦那さんはもうとにかく猫可愛がりで、

ポーのために色々やれる事は

全部やって、

 

ポーの事をよく観察していて、

 

「この子がこんな風に泣くときは喉が渇いているんだよ。」

 

とか、

 

私に教えてくれて、

 

 

『すごいなぁー、私はそこまで想えてないなぁー』

 

と思っていました。

 

 

私が色んな心の取り組みを始めて1年くらい

たったころ、

 

ある日、おやすみで

ソファでポーの事を抱っこしながら

撫でていた時に、

 

 

ポーの顔みたら、ポーの目の奥をずっと見ていたら、

 

 

『ポーがとっても愛おしい!!』

 

 

と思った瞬間がありました。

 

 

ポーは今まで通りなのに、

 

私の目に映るポーがこれまでよりも

深く深く愛おしくみえたのです。

 

 

後から思えば、

 

私の心の穴が埋まってきた、

自分の心の癒しがだいぶ進んでいた

頃だったんだと思います。

 

 

私の心が満たされた状態で見たポーは

それまでよりもずーーっと愛おしく見えました。

 

 

私は

『あ〜、そういう事か。』

 

と思いました。

 

 

子供の頃に

 

私はずっと母に幸せになってもらって

自分を愛して欲しい、

 

と願っていたのに、

 

 

私も母と同じ事を結局、

ポーにしていたのでした。

 

 

母にやられて私が嫌だった事を

ポーにもしてしまっていた。

 

 

それをその時に初めて気がつきました。

 

 

愛してるつもり。

 

でも、愛してきれていなかった。

 

向き合いきれていなかった。

 

 

それは結構な衝撃でした。

 

『私は母みたいになりたくない!』

と思って生きてきたからです。

 

 

そして、さらに、

 

 

母の事も考えました。

 

 

母は母なりに精一杯愛そうとしてくれていたんだ、

 

と気がつきました。

 

子供の私から見たら物足りない愛だったかも

しれないけど、

 

 

母は母に出来る範囲でやってくれた。

 

 

なんだか、全てに感謝したい気分になりました。

 

 

ポーは旦那さんのおかげもあって、

天真爛漫な、

人も自分も大好きな子に

育ってくれました。

 

 

ポーは私が愛しきれていない時も

ずっと家にいる間は

私にくっついて、

 

「ママ、大好き!」

 

 

と伝え続けてくれていました。

 

 

その存在の愛おしさを深く感じれた

時は、

 

私の価値観が大きく変わったと思います。

 

 

私が本当に大切なものはいつも私の隣にあったのです。

私は幸せ探しをやめました。

 

あの瞬間は自分の大切なターニングポイントとして、

 

1年たった今でも時々思い出します。

 

 

自分の心を満たすことの

大切さも感じた瞬間でした。